期待は過去の鏡だから、結果への期待は手放そう。

語ることができる「愛」は、 愛 そのものじゃないよね。 語ることができる「成功」は、 成功 そのものじゃないよね。 過去、愛だと決めつけたことからあなたは愛を判断する。 過去、成功だと決めつけたことからあなたは成功を判断する。 これが、愛でしょ、これが成功でしょって、過去の経験から決めつける。 それってほんと? まだ、みたことも、まだきいたこともない、それって経験してみたいかい? そこで過去は、恐怖する。 期待は、過去の写し鏡。 過去こうしたから、たぶん、未来はこうなるだろうという過去の再生が未来になる。 でも、いままでは、そこに何も満足はなかった。 ~だから、これでよしにしとこと、妥協のある満足はしてきたけど、それは欠乏の裏返しだときづいていなかったんだ。 完全、満足。無条件の満足、途轍もない満足、妥協なき満足。理由なき満足。 根拠なき満足。 みたことも、きいたこともない、それって経験してみたいかい? そのささやかな意欲があれば、それはやってくる。 そう、やってくるのでなく、いまもこんこんと湧きいずるそれがみえてくる。 満足からすべては生まれていることにきづく。 愛からすべてへ生まれている。 成功からすべては生まれている。 満足という概念ではなく、愛という概念でなく、成功という概念でなく、そのものを受けいれることで、そのものがやってくる。 これまでそう思ってきたことが、そう思い込んできたことがいかに薄っぺらだったことがわかる。この驚きの実相世界。

期待は、過去の写し鏡、過去を超えたいのだったら、好奇心をもって奇跡を予期しよう。

結果への期待を手放すことは、原因を感じることからはじまります。


 「 このような奇跡そのものは問題ではない。重要なのは奇跡の源だけであり、その源は評価できる範囲をはるかに超えている。 」(T1:Ⅰ2) 

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日々あらたに、毎日が、祝祭。

これまでの人生と呼んでいたものはぜ~んぶ、夢物語。 夢から目覚めたら、そこには・・・。 そんなきづきが、日々深まっている奇蹟の毎日に贈ることばを綴っています。